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日韓教職員交流・20年の歩み

1998年の金大中大統領の国賓として訪日、日本大衆文化第一次開放、日韓共同宣言「21世紀に向けた新たな日韓パートナーシップ」という流れの中、2000年に中曽根弘文文部大臣が訪韓され、文龍麟教育部長官に日韓両国の教職員交流を通じた教授法の共有と日韓友好推進のための事業を提案したことから、日韓教職員交流は始まりました。韓国教職員ら合計50名が日本を訪れた第1回目の招へいプログラムから20年、累計で3,000名近い両国の教職員が交流を行ってきました。

第1回韓国教職員招へいプログラム(2001年2月5日~24日)

2000年
日韓教育長官会議
日韓両国教職員交流提案
2001年
第一回韓国教職員訪日プログラム(2月5日〜24日 韓国から日本への訪問)
2003年
ACCU 国際教職員交流事業
2005年
日韓友好年韓国教育部支援開始
日本教職員韓国招へいプログラム開始(2001年から韓国への訪問)
2007年
文龍麟元教育部長官訪日団団長(1月)
中曽根弘文元文科相訪韓団長(6月)
2009年
第一回日韓教職員フォーラム(8月/ソウル)
新型インフルエンザ非常時対策運営委員会
訪日フォローアップ総合報告会(〜2010年)
日韓教職員対話カフェ運営
2010年
日韓教職員交流10周年
第二回日韓教職員フォーラム「10周年記念フォーラム」(1月/大阪)
「ESD日韓教職員対話事業」命名
第三回日韓教職員フォーラム(8月/ソウル)
2011年
東日本大震災(3月11日)
UNU委託国際教育交流事業(〜2018年)
東日本大震災教育復興協力(3〜5月/ASPnet)
2012年
訪日団宮城県気仙沼市訪問
2015年
日韓国交正常化50周年記念教育交流大会
日韓教育長官会議(8月30日/プサン)
2016年
第一回韓日中教育長官会議(1月/ソウル)
2018年
第二回日中韓教育長官会議(3月/東京)
2019年
ACCU主催第一回国際交流専門家会議(2月/東京)
2020年
日韓教職員交流20周年「20周年記念日韓教職員フォーラム」(2月/東京)」
第二回国際交流専門家会議(2月/東京)

お祝いの言葉

日韓教職員交流事業20周年に寄せて

日韓教職員交流事業が、20周年という記念すべき節目を迎えることを、心よりお慶び申し上げます。

本事業は、2000年3月に私が文部大臣として韓国を訪問し、当時の文龍鱗(ムン·ヨンリン)教育部長官と会談した際の合意に基づき開始されました。2007年には、私自身、派遣団の団長として韓国を訪問しましたが、韓国の皆様から温かく歓迎していただいたことを鮮明に覚えています。その後も本事業は着実に発展を続け、この20年間で3,000人近くの日韓両国の先生方が本事業の交流に参加されていることを、心から嬉しく思います。

日韓両国の更なる強固な関係構築のためには、多様なチャンネルでの交流を通して、両国国民の深い相互理解を醸成することが必要です。その中でも本事業は、両国の学校の先生方が未来を築く子どもたちの将来について語り合い、より良い教育の在り方について意見を交わす場となるものであり、日本と韓国の相互理解促進と信頼関係構築に必ず役に立つ、というのが今も揺るがない私の信念です。

2020年は、新型コロナウイルス感染症の感染拡大により、物理的な交流が困難な年となりました。その中でも、両国の関係者が力を合わせてこの難局を乗り越え、今後も本事業が着実に実施されていくことを願っています。

最後に、本事業の実施に御尽力いただいた韓国ユネスコ国内委員会及びユネスコ・アジア文化センターをはじめとする関係の皆様に、心よりお礼を申し上げます。

中曽根 弘文 (元文部大臣および外務大臣 現参議院議員)

韓日教師交流、20年を祝って

韓日教師交流20周年、おめでとうございます。
流れる川のように、いつの間にかこのように歳月が流れました。美空ひばりの演歌の歌詞を思い出します。2005年のようです。その年にあった韓日教師交流大会の韓国チームの団長として日本を訪問しました。一つのチームは南に向かい、私のチームは北海道に向かいました。そこで大学教授の一人が紹介され、彼の家に立ち寄ってお茶を飲みながら楽しい歓談を交わし、彼が歌った歌が面白くて歌詞を書きとめたところ、それがまさにこの歌でした。

ああ 川の流れのように ゆるやかに いくつも 時代は過ぎて ああ 川の流れのように とめどなく 空が黄昏(たそがれ)に 染まるだけ

これをきっかけに慣れたこの歌は、日本人に会う時はもちろん日本について話す時、私のとても貴重な財産になりました。 韓日の教師交流の一片として得られた貴重な財産は、私にだけあったのではないはずです。韓日の教師交流に参加されたすべての方が、おそらく少なくとも一つ二つはこのような貴重な財産を得たに違いありません。これこそが日韓間の理解の資産が蓄積なのです。
2000年3月、金大中(キム・デジュン)大統領の任期中には'21世紀韓日パートナーシップ共同宣言'が結ばれるなど、韓日関係がとてもうまく行った時、韓日両国の教育長官会談がソウルで開催されました。 日本側は中曽根弘文文部大臣が、韓国側は私が教育部長官として参加しました。
中曽根文部大臣は、日本の国会議員としての地位を兼ねており、父が日本の首相を務めた中曽根康弘という方だったためか、日本の政界ではかなり比重の大きい人物でした。本会議で取り上げられた大きな議題が5つありましたが、その一つが日韓間の教師交流でした。
この議題が両国間に何の障害もなく快く合意されましたが、それは韓日間のパートナーシップの出発点は教育であり、そこで教師が最優先にならなければならないという認識の共有があったからです。教師たちの相手国に対する肯定的な認識が、韓日間のパートナーシップ形成の核心的な価値として認識されたのです。お互いに準備が整い次第(予算措置など)、できるだけ早いうちに施行することにしたおかげで、2002年から韓国側教師たちの日本訪問が実現するようになったと聞いております。最初の数年間は韓国側の日本訪問だけでしたが、2005年からは日本側の韓国訪問も開始され、名実ともに日韓の教師交流が行われるようになりました。
その後、中曽根元文部大臣は外務大臣に異動し、今は衆議院議員として国会議員の役割を果たしていますが、彼にとってこの教師交流に対するプライドは特別なものです。時々韓国に来る時は、私と会って教育部長官時代に合意した内容について話をする事もあります。また、国会議員の身分で日本側の団長として韓国を訪問したこともあります。日韓教師交流事業に対する彼の真剣な関心に敬意を表します。
近隣との深い理解の交流は、人類の普遍的価値となります。 未来の不和と敵対に備えて予防する最も効果的な手段でもあります。過去の痛みを乗り越え、両国間のより健康な未来を目指す事業という点から韓日間の教師交流は極めて未来志向的な事業であります。
韓日の教師交流が20周年を迎え、成熟した段階にさしかかります。発展を続け、拡大し深化させて、韓日の間に共生·共存する理解の軸を築く真のパートナーシップの旗として存在することを願っております。
韓日教師交流20周年を重ねてお祝い申し上げます。

文龍鱗 (ムン・ヨンリン) (ソウル大学名誉教授)